【いま読みたい本】樹木や草花を見て生きること、受け継ぐこと、遺すことを考える―幸田文「木」

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『五重塔』、『運命』などの代表作で知られ、「紅露時代」と呼ばれる一時代を築いた、日本の近代文学を代表する作家である幸田露伴。露伴の死後、彼の回想録や小説を著し、随筆家として高い評価を得たのが次女の幸田文です。今回は、私たちの身近にある植物たちを通じて、生きることや死ぬこと、過ぎていく時間と変化などについて作者の観察眼が光る1冊『木』を取り上げます。

木を見ると、そこにはさまざまな表情があります。
青々とした葉を茂らせる木からは瑞々しいエネルギーを感じられますし、枯れて、倒れる寸前の古木を見て、かつての姿を想像すると、そこには栄枯盛衰のサイクルがあります。また、枝についた花をよくよく見てみれば生命の緻密さがある一方で、生々しくうごめく一種のグロテスクさも感じ取れます。

本書は、幸田文がさまざまな木や花を観察し、そこから得られたインプレッションを書き綴ったエッセイです。

あるときは、えぞ松の林で倒木の上に若木が並んで芽吹く“更新”を見て、生命の機能性に驚いたり、またあるときは藤の花が一斉に揺れるさまを見て「藤波」という言葉に思い当たったりと、さまざまな発見が描かれます。

また同時に、発見という一種のショックを受けた作者本人の内面も書かれます。自分よりも頭がよく、父・露伴から木や花に関する知識をどんどんと身につけていった姉への尊敬の心や少しの嫉妬、そしてその姉の早世によって、作者は大人になったあとも木や花を見るたびに姉のことを思い出し自分と比較してしまうという、ある種のトラウマになっているような状態に陥っていることもわかります。

作者が見ているものは樹木や草花ですが、作者はそれらを擬人化して見ているように描いています。そのため、随筆のかたちを取っていますが、これは一種のインタビューや対話集とも受け取れます。樹木には人よりもはるかに長く生きるものもあれば、数か月や数年といった短い期間で誕生から死を迎えるものもあります。そこには大小さまざまな循環があり、それぞれの一生の生き方が見られます。

もの言わぬ植物であるがゆえに、そこから何を感じるかは人それぞれですが、自分の日々の暮らしのなかであらためて樹木や草花を見つめ、ウェルビーイングな暮らし方、生きることや遺すことについて考えてみたくなる1冊です。

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